ブログを書く量が増えている。
計算用紙は日に数枚は消費するようになったが、百枚単位にはほど遠い。だが、少しずつ積極的に疑問に思ったことをペンをとって書いてみる習慣がついてきたように思う。
ブログ作戦は成功しつつある。
小学校の頃に、塾で簡単な計算問題を大量にやって、ノートもすかすかに書いてページ数の水増しをやったことがある。見事その作戦が的中、先生はページ―数をほめたたえ、私は、そのクラスで絶対的な地位を築くきっかけをつくることができた。今となっては滑稽だが、そういった政治的パーフォーマンが、結果的に自分の取り巻く環境を良くし、本質的な力を伸ばすことが出来た気がする。
姑息な手を要領よく使うことが、自らの実力を伸ばしやすい環境を得るためにうまく働き、蓄えた実力と成果から生まれる余裕が他者に対する誠実さをもたらすことはよく割ることだ。近視眼的な、正義感では一歩も前に進むことができないだろう。圧倒的な能力の上に立って、初めて、現実的に他者に対して誠実な行動が出来るのだ。だから、徹底して他人を踏み台にしても、自分の環境を良くすること、能力を上げることを優先する。自分は特に、人の為になにかをしたいとは微塵も思わないが、自己中心的に自分の能力を突き詰めるた結果いつのまにか他人の為なにかが出来うる力を手に入れるということはあり得るだろう。そして、その力が生活をするための糧になることもあるだろう。私は、能力が1あってそれを全て他人の為に使う人間であるよりも、能力が100あってそのうち98を自分の為に使い、残り2を他人の為に使う人間の方が好きだ。
能力がなきゃダメだ。能力と結果が伴わなければ、全て嘘になる。
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